4/23に包丁で指を切って縫合した話

表題通り。中々ない経験なので備忘録として残しておきたいと思う。

17:38くらい。事の発端はキャベツを切るところから。何枚か剥いで千切りにしようと思い、芯に近い部分に切れ込みを入れたら思いの外力が入ってしまい、サクッと左の人差し第二関節あたりを切った。

あ、やばいと思って流水で消毒して吸水性のあるキッチンペーパーで直接圧迫止血法を試みる。まずは5分頑張って止血しよう、とスマホでタイマーをセットする。

止血しながらもネットで『包丁で指を切った』と調べてみると、あるサイトには「30分ほどで止血する」、別のサイトには「5分止血しても止まらなければ病院に行ってください」と記載されている。

また、「傷口が1cm以上なら縫わなければいけない」という文言も見て、いよいよやばいかもしれないと思った。

かつて#7119 にダイヤルすると、その後の処置の方法であったり、病院へ行くべきか、または救急車を呼ぶべきか、専門の人に教えてもらえると聞いたことがあったのでかけてみるけど、繋がらない。

なので市の窓口に聞いてみると「そのダイヤルは今はなくなった。この電話でもそういったことは答えられない。」と後者に関しては頼んでもないのにふてぶてしく突っぱねられたのでキレそうになった。お前、電話応対の基礎叩き込んだろか。

とりあえず病院を紹介してもらい、検索をかけてみると、口コミ評価☆1.4と酷評されている整形外科だった。

仕方ないので電話で、症状と診てもらうべきか否か聞くと、偉そうな受付の女性がハッと鼻で笑いながら「まぁ血が止まらないなら来た方がいいですけどねぇ」と言ってきたので本日二度目のブチギレ案件だった。

もう一つ、近くに市民病院があるのでそこにも電話で聞いてみると、時間外で当直が内科医しかいないと何故か半ギレされたので、どいつもこいつもロクな電話対応できんのかと三度目の怒りが爆発しそうになった。

口コミ☆1.4の整形外科か、内科医しかいない市民病院かなら前者しかない。

げんなりしながら、タクシー会社に電話をした。そしたらタクシーのおじさんすごく優しかったの…とても有り難かった。

無事、整形外科に着き、ふてぶてしい受付の女性2人に睨まれながら問診票を書いた。5分ほど待つと名前を呼ばれて処置室に向かった。

すると、優しそうな男の先生2人と優しそうな女の看護師さん3名がそこには待ち構えていた。

まずは傷口を診て、ガーゼで押さえて、コートが汚れるといけないからと脱がせてもらった。

斜めに1cm切り込みが入っているが、傷口に蓋をするための皮膚が残ってるから縫った方が早くて綺麗に治せるから縫いましょうとのことだった。

(蓋をする皮膚が取れてしまってる場合は止血して皮膚が再生するのを待つしかないらしい。ひぇぇ)

隣の処置台に仰向けになり、看護師さんや先生が忙しなく動き回るのを半ば他人事のように眺めていた。

傷口を押さえてくださっていた先生が「何かで切っちゃったの?」と聞いてくださったので「えぇ、よく切れる包丁でサックリと」と返した。

麻酔を手のひらの人差し指の付け根あたりに二箇所打った。「痛いけど頑張ってください」と言われた。こういう時私はもう死ぬほど痛いことが1時間くらい続くくらいの意気込みをするので、大体我慢できる。実際痛かったけど、10数秒×
2回の我慢くらいはできた。

しばらくすると麻酔がきいて、ポカポカ暖かいような、ジンジン痺れるような不思議な感覚だった。長時間正座した時の感覚にも近かった。

いよいよ縫合。針が刺さって縫っている感覚が伝わってくる。正直、ちょっとだけ痛かった。

「痛いですか?我慢できますか?」と聞かれたので、「痛いですけど、耐えるので大丈夫です」と答えたら先生がちょっと笑っていた。

結果、4針縫った。消毒液や血などを綺麗に拭いてもらい、ガーゼと包帯で大袈裟なくらいグルグル巻きにされて処置は完了した。


帰宅後、いても経ってもいられず父親に電話で屡述した。父親は「え〜大丈夫かいな…ほんま気つけてや〜」といった様子で心配していた。

まさか、アジフライの付け合わせのキャベツを切るために4針縫うことになるとは思わなかった。

本来は18時からの #クイズノックと学ぼう で鶴崎くん山本さんと一緒に勉強してるはずだった。

勉強が終わったときに魚を揚げるだけの状態にしておこう、と用意してる途中に自傷してしまったので、塩胡椒したアジが寂しそうにキッチンで開かれていた。

途中まで作っていたので、頑張って作り上げたご飯がこちら。


文字通り、命がけで作った。最後の晩餐にならなくてよかったと心から思う。以後、包丁の取り扱いには気を付けようと肝に銘じた。

また、私も仕事で電話対応をするけど、改めてその難しさと重要性を感じた。声だけで伝えるのは気持ちだけでなくテクニックも必要。今回の嫌な経験を今後の自身の対応力向上に活かすことで消化したいと思う。

最後に、仕事とはいえ丁寧に対応してくださったタクシーの運転手さん、先生、看護師さん達への感謝を忘れないことと。人を以って鑑とする。

4/10 夢日記と妄想

夢に私の敬愛するQuizknockの川上さんが出てきてくださった。今は編集長に昇格され動画に出ることはなくなってしまったのだけれど、以前は動画にもよく出ていらして、特に難関中学入試問題シリーズはかっこよすぎて大好きだった。

ドSなんてファンの中では呼ばれていたけれど、私は彼を見てもただただ良い人にしか見えなかった。失礼かもしれないけれど、あの程度(?)でドSと言える人たちが羨ましい。

さて、本題はここから。4/10の夢に川上さんが出てきた。

夢の中の世界では、東大の中にも偏差値による格付けのようなものがあり、川上さんは最上級クラスにいるという設定だった。

何故か私は川上さんと知り合いだった。出会い方はわからないけれど、ちょくちょく連絡を取り合うくらいの仲だった。

そもそも東大の最上級クラスの好青年がこんな私と気が合うなんてこと自体がおかしいんだけど、何故か彼は私に好意的で、勿論私も惹かれてしまう。

ある日仕事終わりに川上さんに食事に誘われたけど、翌日に実家で予定があり、今日中に帰る予定だからと断った。

すると、(現実の動画内では免許を持っていないと言ってたけど)「少しでも一緒にいたいから、車で舞実さんの実家まで送っていくって言ったら迷惑ですか?」と聞かれ、気付けば車に乗っていた。

コンビニやドライブスルーで適当にご飯を買って、談笑しながら私の実家まで3時間半ほどかけて送ってくれた。

(どんな話で盛り上がったかは全く覚えてないが)話せば話すほど彼との仲が深まっていき、彼のことを好きだと自覚し始めたところで自宅の側まで着いてしまった。


〜ここで目が覚め、遅刻ギリギリまで何度も二度寝したけど続きが見れなかったので以下妄想〜


「送ってもらっちゃってごめんね。ありがとう。」

「いや、こちらこそ無理言って付き合ってもらってありがとうございました。楽しかったです。」

「私も、ほんまに楽しかった!」

「また帰る時迎えに来るんで、連絡してください。」

「うん…約束!」

私たちは仲良く指切りげんまんをして、そして気付けばしばし彼に抱き締められていた。

ほのかに芳しい彼の首元に顔を埋めたのち、お互い見つめ合って、そしてどちらからともなく口付けをした。

「舞実さん、好きです。」

「川上さん…」

「こんな一学生が社会人の舞実さんと不相応ってわかってるんですけど、もう我慢できひんくて」

「そんなん…東大の中でも最上級クラスの川上さんなんて、私の方こそ不相応やわ…」

「そんなことない」

「私なんて…高校数学で赤点しか取ったことないのに…」

「待って、なんの話?」

素直になれずにゴニョゴニョ言ってると、彼は笑いながら私の頬に触れて、

「迷惑ですか?」

なんて言うもんだから、私は首を大きく横に振るしかできなかった。

「迷惑なわけなくて…ほんまに信じられへんだけ…」

「それは、前向きな返答と捉えてもいいんですか?」

「…私と付き合うって、相当大変やで?めちゃくちゃ我儘やし、」

「ええ。」

「ハッキリ言って気強いし、」

「存じております。」

「サバサバしてるとか言われるけど、ほんまは…」

川上さんの優しい眼差しにドキドキして、口から心臓が飛び出そうだ。一呼吸置いて、私は思い切って言った。

「ほんまは、自分が一番じゃないと嫌やし、世界一愛されるべきやと信じて疑わへんような人間やけど、川上さん大丈夫!?」

「ふふ、いや、ほんまに…もう、貴女って人は…」

私は真剣に話してるのに彼は心底可笑しそうに笑っている。

「『私でいいの?』じゃなくて、『お前大丈夫か?』って訊いてくるの、流石やなぁ」

「いや、ほんま何様やねんな」

「舞実様でしょ」

優しい微笑みを浮かべながらそういう彼に不覚にも胸が高鳴る。頬が緩むのを隠すために彼に抱きつく素振りを見せると、優しく包み込むように抱き締めてくれた。

「…私も、川上さんが好き。」

「…僕の下の名前、拓朗っていうんです。」

「知ってる…素敵な名前。」

「次こうして会う時は、ちゃんと名前で呼んでくださいね。」

おデコに優しくキスをして、「宿題です。」なんておどけた様子を見せる彼が愛しくて。

「ほな、行ってらっしゃい。」

「うん。」

まるで今生の別れのように、しつこく惜しみながら車を見送って家に入った。

内心興奮冷めやらぬといったところだけど、久々に会う両親といろんな話をしていてしばらくスマホを見ていなかった。

お風呂を終えてやっと自室に一人になってからスマホを見ると、彼からのメッセージが届いていた。

『家族との時間を存分に楽しんでください。でも、僕のことも寝る時に少しだけでも思い出してくれると嬉しいです。』

『ありがとう。残念ながら、寝る時以外もずっとずっと思い出してます。拓朗って呼ぶ練習、早速始めてるから、早く成果見せたい。』

可愛いメッセージにニヤけていると、突然彼から電話が来た。

「もしもし?」

『すみません、もしかしてもう寝るところでしたか?』

「全然大丈夫。わざわざ電話くれて、どしたん?」

『いえ、練習の成果を聞きたくて。』

「んふふ、可愛いなぁ拓朗くん」

「……ありがとうございます。はぁ…」

拓朗くんは項垂れた様子で「本当に好きです…」なんて言うもんだから、私も愛おしさに潰されそうになる。

「じゃあ、今度は私が宿題出そうかな。」

「何ですか?」

「その敬語をやめること。恋人同士なら対等じゃないとね。」

「…善処する。」

「かたいなぁ…。」

生真面目なところも素敵で、馬鹿みたいになにもかもが愛しく思える。恋は一時の勘違いなんてよく言うけど。

「拓朗くんとなら勘違いしてもいいかも。」

「ん?なんて?」

「ううん、なんでもない。」

彼となら、そんな勘違いに溺れてみるのも悪くないかも。


(完)




なにこれ。2400文字超えてるんやが。
前から思ってたけど、川上拓朗くんの拓朗って名前素敵ですよね。

多分拓朗くん(彼女ヅラすな)は付き合ってる彼女には激甘になるタイプで、このあと私が伊沢さんに用があって話してるだけで三角座りしてイジけてる"ない記憶"が蘇りますね。

そろそろ頭おかしいのでここでお暇します。なにもオチはないけど、ただひたすら私が妄想にふけって幸せな気持ちになるだけのブログでした。

不謹慎な想い

最近苺ジャムを買ったのでトーストやヨーグルトに入れて食べている。非常に美味しい。

カロリーが高いのは重々承知の上で「これでもか!」ってほどたっぷりジャムをのせて食べるのが幸せである。

昨日も仕事に行く前に苺ジャムをスプーンいっぱいに装ってヨーグルトに入れたのだけど、ふと幼き頃の記憶が蘇ってきた。

まだ幼稚園にも通っていないくらいの年齢の頃、ブルーベリージャムをトーストにのせて食べてね、と母親に言われた。

例に漏れずスプーン山盛りにジャムをのせ、そのうちの7割はトースト、残りはお口に放り込んだ。策士である。

それを見た母親は笑顔で「あ〜!今、ジャム食べたやろ〜!」と言って、ギュッと抱き締めてくれた。

今の今まで思い出しさえしなかったけど、ふいに病院の待合室で仲睦まじい親子を見て思い出した幼き頃の幸せな記憶。

最近は忙しいのを理由に全然本を読んでいないが、元々私は読書が好きだった。親に近所のTSUTAYAによく連れて行ってもらった。

そのTSUTAYAのお手洗いは建物の外にあり、私が用を足すまで母がずっとお手洗いの扉の前で待っていてくれた。無断でトイレに行ってはいけない、と躾けられていたのか定かではないが、小学校を卒業するくらいまで、いつも付いてきてくれた。

6年生になったある時、下着類を一切つけずに白いTシャツを着てショッピングセンターに遊びに行って、母から凄い剣幕で叱られたことがある。

あまりに過保護すぎるように感じられ、当時はあまり納得していなかったけど、今ならわかる。

世の中のおぞましく悲しい事件を目にする度に、不謹慎ながら私は母の愛に触れる。

イチゴジャムを頬張って抱き締められたことも、トイレの前で待っていてくれたことも、服装に口出しされたことも、形は違えど全て母の愛だったのだ。

それに気付いたからといって、今の私の生活が何か変わるわけではない。でも忘れないように綴って記録しておきたい。

2020/1/9 夢日記

‪さっき見た夢が壮絶だったので記録に残したい。

まず、敬愛するQuiz Knockの伊沢拓司さんが私の恋人という設定(全国の伊沢拓司ファンの皆様ごめんなさい)。

私が風呂場を盗撮か覗きされて、温厚な伊沢さんが怒ってんの。ほんでその犯人がいるらしいから行ってくる!ってこめかみに青筋立てながら言うもんやから私は怖くなって止めようとすんねん。

‬ ‪そしたら伊沢さんが「(私)がそんなことされて黙ってられるかよ。」って覚悟を決めた様子で言って私に熱い口づけを(以下略、伊沢さん、伊沢さんのファンの皆様、本当に申し訳ございません)。そして私も意を決して付いていくの。‬

で、駐車場に止まってる車に犯人が乗ってるのが見えた瞬間、さっきまで行くのやめようとか言っていた私が突然怒り狂ってしまい、凄まじいスピード感で相手に殴りかかってしまう。

まず運転席の窓ガラスを肘って割って、そのガラスの破片で犯人に斬りかかりに行くまでが3秒。

その後、運転席に乗り込んで電柱などに車を数回思いっきりぶつけて車を大破させるまでが10秒。

極め付けに犯人の男性器を握り潰そうとしているところで、命からがらやってきた伊沢さんに引き剥がされた。

私は息を切らしながら「被害届なんか出そうもんなら、お前のこと警察に突き出すからな。こっちは証拠揃っとんねんぞ。」という捨て台詞と唾を相手に吐いて去っていくところで目が覚めました。






いや、最初の甘い展開は????
あわよくば夢の中でも伊沢さんといいことできたかもしれんのに、ほんまなんでなん????

夢から醒めて少し呆然としながら、なぜこんな夢を見たのか考えてみたところ、一つ心当たりがあるとすれば、この動画をYouTubeで見たことだろう。いや、間違いない。

https://youtu.be/7-w2nxPnFXE

もし寝る前にラブロマンス映画でも見ていたらもしかしたら夢の展開が変わっていたかもしれないから、今日はQuiz Knockの動画とローマの休日を見てから眠りにつくことにします!!!

私が見ているのは?

‪半年前くらいに入社してきた台湾の人(Kさんとする)は、日本語不自由ながらに頑張っていて、弱音も愚痴も言わずに前向きに取り組むその姿勢を私は心から尊敬していた。

しかしKさんの体調が優れない日に、他の先輩のサポートを受けながら仕事をしていたら、そこだけを見た人が「全然自分で仕事しようとしてないけど…新人って立場に甘えてるんじゃない?」という旨をKさんの教育係の人に言ってきたらしい。

その人の普段の人柄から、それは嫌味なわけではなく、1つの指摘として、あくまで優しさでその子の教育係の人に伝えてくれたようだ。

‪しかし、普段から「早く一人前になりたいです!」って笑顔で頑張っていて、私が中国語対応に困ってたら嫌な顔1つせずに駆けつけてくれるKさんが、ちょっと体調不良で頑張れないところを見られただけでそう判断されてしまったのはとても悲しいと思った。

それと同時に、私がいろんな人を見て「この人はこういう人」というのをなんとなくその場の雰囲気で決めつけてはいないかとハッとした。

私はKさんが入社した頃から縁があったので、Kさんのいいところや得意なところ、反対に改善点や苦手とするところをよく知っている。

だが、その他の人に対してはあまり関わる機会がないまま、偶然見かけたある一面をその人の全てだと思い込んではないだろうか?

誰だって調子や機嫌のいい時悪い時はあるし、得手不得手もあるのだから、断片的な情報からその人のすべてを決めつけてしまわないようにしたいと改めて思った。

最後に、折角Kさんの話が挙がったのでKさんの素敵なエピソードを紹介したいと思う。

ある日、他会社のおじさんに、ぶっきらぼうな訊き方をされて、その日本語の意味がわからなくて戸惑っていた。

噛み砕いて何度も説明してもらって最終的に理解できたみたいだけど、私が思わず「Kさんがネイティブじゃないのわかってるのになんでそんなわかりにくい言い方するんだろうねぇ!」ってボヤいた。

するとKさんは「でもあの人のおかげで新しい単語1つ覚えられました!」って笑いながら言っていて、あまりの眩しさにムスカ大佐になった私だった。

誰も幸せにならないけど優しい話

表題の通りの話をする。

私はスポーツ推薦で高校に入った為、本当に遊ぶ暇がなかった。(田舎だったのもある)

ある日、中学生の頃から履いていたローファーのサイズが合わなくなっただとか、壊れただとか、理由までははっきり覚えていないが、要は買い換えなくてはいけないタイミングがきた。

しかし、当時は6:24の電車で朝練に行って、スポーツ推薦なのに特進クラスにいたから朝練後に早朝授業を受けて、放課後に死んだ目で部活をして、帰宅は大体20:00〜20:30。帰宅後に授業の予習復習をして寝る、といった生活をほぼ毎日繰り返していたため、いかんせん、自分でローファー買いに行く時間が本当になかった。

なので、母が変わりに買ってきてくれたのだが、これが悲劇の幕開けだった。

詳しくは覚えていないが、買ってきてくれたローファーがそれまで使っていたブランドと異なり、サイズが絶妙に合わなかったのだ。ただ私は、母が折角買ってきてくれたのだからと我慢しようとした。通学の時しか履かないし、田舎だから電車はいつも空いてるし、まぁちょっとキツいけどいっか、って履いていた。

しかし、ひょんなことでそのことが父に発覚し、「サイズ合わんくてローファー買い直したのに、それがキツいんやったら意味ないやん」って話になってしまった。

母も働いていて忙しい中買ってきてくれたのでムッとして、「23.5cmって言われて買ってきた。それがいいと思った。」と。

しかし父は「それはお母さんが決めることちゃうやろ!」と一蹴。

母はいつも穏やかな父に少しキツく言われたことと、サイズが合わなくて足が痛いと言っていた私のことを思って、泣いてしまった。

それを見た父も、言い過ぎてしまったこと、母が泣いてしまったことに後悔して泣いてしまった。

更にそれを見た私も、なんかわからんけど私のせいで両親が泣いてると思うと悲しくなってきて泣いてしまった。


・・・収拾がつかなくなってしまった。


そこでリビングに彗星の如く現れたのは、前回のブログで紹介した少し変わった兄。

家族4人中3人が泣いている状況を見てただならぬ雰囲気を感じ取った彼が放った一言は「うわっ、泣いてるwww」というデリカシーのかけらもない台詞だった。

しかし、そのデリカシーのない一言で3人ともハッとして、和やかな雰囲気に戻ったのだ。

結局ローファーは履いている内に多少は馴染んできたので、まぁいっか〜というゆるい結論に落ち着いた(それでも窮屈さがないと言えば嘘になるが)。

母がわざわざ買ってきてくれたのに申し訳なかったし、父は父で私のことを思っての言葉だと思うといたたまれなかった。だから私が我慢するほかないんだと思ったし、何より当時の話になると両親共々「ごめんなぁ…」とまた泣きそうな顔をするので、もうこの話は切り出してはいけないと思っている。

でもこの話をブログに書こうと思ったのは、私がこれだけ親に愛されているという事実がとても嬉しくて幸せなことだからである。

今回は誰も幸せにならない話だったけど、でもそれはそれぞれの優しさが屈折してしまっただけ。表題の通り、誰も幸せにならないけど優しい話。

一人暮らしで、最近時たま凄く孤独を感じることがある。そんな時にこのブログを読み返して、自分が確かに愛されて育ってきたということを思い出すきっかけにしたいと思う。


最後に、兄の登場シーンを「彗星の如く」と言ったけど、慣用句の使い方絶対間違っていた気がする。そんな華やかなものでは決してない。「彗星の如く」というも、あたかも私たちを救うためにやってきたように解釈されてしまうけど、あれはどちらかというと、お菓子を食べにリビングに降りてきた様子だった。

クソリプとお兄ちゃん

Twitterで、所謂✌️クソリプ✌️に至極丁寧に対応している人達を見るたびに思い出すことがある。

それは私が‪小学校5年生の冬頃だった。

その当時、「お友達の名前と住所を教えて」っていう悪質な電話が流行っており、学校では「絶対に答えず親に電話を代わるように」と言い付けられていた。

私はその電話が家に掛かってくること、ましてや個人情報を流出させることの恐ろしさまではわかってはいなかったが、大人達の真剣な顔つきを見て、ただならぬ雰囲気を感じてはいた。

そんなある日、満を持してその電話が私の家に掛かってきた。

「あ、これ、学校でみんなが言ってたやつ…」とすぐにわかったが、親は共働きで、その時家にいたのは、当時中学三年生のお兄ちゃんだけだった。今思えば受験生のはずなのに、私の遠い記憶によるとその時はゲームをしていた。よく高校に受かったな。

先生達は親に代わるようにと言っていたけど、親がいない場合はこの一見頼りなさそうな兄上に変わった方がいいのだろうか?

一瞬戸惑ったが、自分が対応しきれる自信もなかったので、恐る恐るお兄ちゃんに対応をお願いした。

お兄ちゃんは「お?」と言って受話器を取って相手の話を少し伺った後、大きな声で


「はーーー!?!そんなん知らんわボケーーー!誰が言うかバーーーーーカ!!!!アホ〜〜!!!!うんこうんこうんこ〜〜〜〜〜〜!!!!!!ぴぇ〜〜〜〜wwwwwww」


とだけ言い放ってから一方的に電話を切って「はい」と私に返した。

私はあまりの勢いとその稚拙さに茫然と立ち尽くしたが、お兄ちゃんはそんなの知らん顔でまたゲームの世界に戻ってしまった。



後に私が大学生、お兄ちゃんが社会人(なんと、看護師!)になった頃に当時の話をするも、当の本人は全く覚えていなかったが、「真っ当な対応やんけ」と開き直っていた。

思えば、友達の家には断っても断っても同じ電話が何度も掛かってきていたようだが、私の家にはそれ以降一度も掛かってこなかった。今思えば子供にあれほど馬鹿にされて相当ムカついたんだと思う。

確かに、分別のつかない子供に個人情報を訊き出すような大人に対して、真面目に向き合っても仕方ない。

どこから我が家の電話番号を入手したのか、どうしてそんな悪どいことをするのか、お前達は一体どこのどいつなのか。

大人になった今の私には奴らに問い詰めたいことは山ほどあるが、訊いたところではぐらかされるのが関の山。真面目に向き合うのが馬鹿馬鹿しくなってくるはずだ。それならばいっそ、とことん馬鹿にしてやればいい。

これはクソリプに関してもある程度当てはまると思う。

真のクソリプとは文字通りクソであり、私達がわざわざ同じ土俵に降りてあげて、わざわざ闘ってあげるまでもないのだ。

「しょっかしょっか〜〜wwww顔真っ赤だけど大丈夫でちゅか〜〜??wwww嫌だったんでちゅね〜〜wwww僕にはこの話題はちょっと早かったでちゅか〜〜?wwwwお家でママのおっぱい飲んでオムツ変えてネンネしましょうね〜〜wwww」って返事してブロックしてあげればいいのだ。

当時は茫然としたが、生きる上で(?)大切なことを教えてくれたお兄ちゃんに今は感謝している。