今夜はほろ酔い

今日は伊沢さんのお家で鍋パーティー。みんなでヤイヤイ言いながら買い出しに行って、準備して、そして温かいお鍋を囲む。そんな何気ない時間がとても楽しく、ついついみんな、お酒が進んでしまう。

「そろそろお酒なくなってきたね。買い出し行くけど誰か一緒に来てくんない?」

福良さんがそう言ったけど、みんなコタツに吸い込まれて動けなくなってしまっている。

「あ、ほな私、ちょっと酔い覚ましについて行こかな?」

本当は福良さんと二人きりになりたいってのが一番の理由だけど、ごく自然に立候補できて内心ガッツポーズ。

私と福良さんが付き合ってるのはみんな知ってるけど、人前でベタベタするのもなんか違うから普通にしようね、ってのが私たちの暗黙の了解。

みんなからのリクエストを聞いて、私たちは外に出た。

「ふわぁー、身体がポカポカしてるから空気が気持ちいいー」

「ははは、舞実、結構飲んでたもんね」

「うん、なんか楽しくてちょっと飲みすぎたかも〜やから、歩けませ〜ん、福良さん、助けて〜」

私は周囲に誰もいないのを確認したら、わざとらしく千鳥足になって、福良さんに抱きついた。

すると彼は朗らかに笑いながら「そんなこと言わなくても、いつでもこうしてあげるのに」と呟いた。

「だって、みんなの前でこんなことできひんもん」

「そんなことないよ、俺は舞実がご希望ならいつでもウェルカムだけど?」

「嘘つけー!付き合った当初、みんなにからかわれてあたふたしてたのは誰やー!」

「ふふふ、そんなことより、舞実、ちょっと顔赤いね。可愛い。」

「もしかして、福良さん、酔ってる?」

「酔ってないよ。いつも思ってること。舞実のこと自慢したいけど、でも俺だけのものにしておきたい気持ちもあるんだよねー」

ヘラヘラしながら話す彼は、やっぱり少し酔ってる?

そう思いながらも、普段なかなか聞けない言葉が嬉しくて、酔ってるかどうかなんて心底どうでもよくなってきた。

幸せに浸りながら、買い出しを終え、コンビニを出る。みんなと過ごす時間は本当に幸せだけど、今は、今だけは、あと5分でいいからもう少し彼と二人きりでいたい。

そう思いながら歩いてると、彼が突然立ち止まってそそくさと方向転換をしたので慌てて付いていく。

「ねぇ、どこいくの〜?」

「ちょっとそこまで」

「そこまでってどこ〜?」

「二人きりになれるところ」

彼も私と同じ気持ちだったことに気付いて、心の奥底がキュンとする。

辿り着いたのは小さな公園。ベンチに腰掛け、コンビニで買った温かいココアを二人でシェアしながら飲んだ。

他愛もない話をしながら彼に寄りかかるように身体を預けると、彼は優しく腕を回して肩を抱いてくれる。

そして見つめあって、キスをした。

「本当、俺は、舞実に会うためにこれまで生きてきたんだな〜って思うよ」

夜空に向かってそんなキザな言葉を言う彼は、やっぱり酔ってる。嬉しさと可笑しさで私たちはしばらくケラケラと笑い合った。私たちの吐く息が白く煙のようにふわふわ舞うのを、半ば他人事のように感じた。

「そろそろ帰ろっか」

「うん、みんな待ってるもんね」

そう言って手を繋いでマンションまで戻った。

部屋のドアを開ける時、それまで繋いでいた手を離そうとするとギュッときつく掴まれた。

驚いて彼の顔を見上げると、素知らぬ顔をして腕を引いてドアを開けてしまった。

「おお、やっと帰ってきたか!」

「ふふ、遅かったね、寒くなかった?」

みんなの視線が私たちの繋がれた手に一瞬集まったけど、すぐに気付かないフリをして日常に戻った。みんなのその気遣いが有り難くもあり、照れくさくもある。

でもこれが私の幸せであることは、紛うことない事実なのだ。私はそう確信して、繋いだ手をギュッと握り直した。

ただ愛し合って


今日は1週間ぶりに彼に会う。私の家に泊まりに来てくれるから、たくさんお菓子や料理を作って、時間をかけたけど作り込んだ感のないナチュラルメイクに、普段あまりしないお団子ヘアで準備万端。

「お邪魔しま〜す…あ、お団子可愛い」

玄関に入って早々、当たり前のように変化に気付いて褒めてくれる。嬉しくて照れ笑いしながら俯くと、おでこに優しくキスをしてくれた。

すると、私の側を通り抜けたミックが祥彰くんの足元にスリスリし出した。

「わぁ〜ミックもお出迎えしてくれたの?ありがとう〜!手洗ったら撫で撫でさせてね〜」

彼は万物に優しくて人当たりがいい。猫のミックとも対等に会話するし、ミックも嬉しそうにお腹を見せてコロコロしている。そんな姿を見てると、心から愛しくて仕方なくなる。

そんな幸せを噛みしめながら、二人でご飯の支度を始めた。

付き合って半年ほど経った今、私の家の勝手を理解してる彼は「わ〜美味しそうだね〜」なんて雑談しながらも、テキパキと準備を手伝ってくれる。

「「せーの…いただきます」」

二人合わせて合掌するこの瞬間、些細なことだけど結構好きだな。そんなことを思いながら食べていると、

「美味しい〜!もう、絶対美味しいってわかってた!」

なんて嬉しそうに彼が言うもんだから、作った甲斐があったなって。

言葉だけじゃなく、本当に美味しそうに食べてくれるのが愛しい。男の人の食べる量がわからなくて、いつも「足りた?」と聞いてしまう。彼にはお腹空かせて欲しくないという今までに抱いたことのない感情を持ってしまうのだ。

後片付けを当たり前のようにやってくれるのも好き。私は水滴一つ残したくない人間なのを理解して、歩み寄ろうとしてくれる姿勢が嬉しい。

ご飯を食べ終わって、二人ソファに並んで海外ドラマを観る。祥彰くんは私の作ったクッキーを頬張りながら言った。

「舞実ちゃんの作るものが美味しすぎて太っちゃうかも」

「え…!」

太った祥彰くん…?そんなの可愛いに決まってる!見たい!あ、でも健康にはよくない…でも、美味しそうに食べる姿はずっと見ていたいな…。

そんな雑念が頭の中でぐるぐる回って返事できずにいると、

「太ったら…好きじゃなくなっちゃう?」

と少し不安そうな顔をしてこちらを見てきた。その姿は、仔犬以外の何者でもなかった。つまりは、愛くるしいということ!

「な…に言ってんの?!太った祥彰くんなんて、そんなの好きじゃないわけないやん!」

「好きじゃないわけない…それは好きってこと!?」

「うん!」

「なんだ〜回りくどいよ〜」

大きく口を開けて楽しそうに笑う姿にさっきの不安そうな様子はなくてホッとした。

「もっとストレートに気持ちを伝えてくれると嬉しいんだけどな」

少し意地悪そうな顔をしてこちらを横目で見てきた。

「う…えと、それは…」

「ふふ、冗談だよ。半分だけ!」

そう言って今度は子供のような笑みを浮かべてこちらに近づいてきたと思いきや、呆気なく唇を奪われた。

「…でも、半分は本気だったり?」

真面目な顔でそう言って、そしてギュッと抱きしめてくれた。

彼を纏う表情や雰囲気がコロコロと変わるものだから、私はそれに追いつけずにただただ翻弄されるばかりだ。

「よ、祥彰くん…」

「ふふふ、でもそうやって照れてる可愛い舞実ちゃんを見れるのは、僕だけだよね」

彼は私の髪を優しく撫でた。その手つきがあまりに心地よくて、私は不思議と素直な気持ちになってきた。

「祥彰くん」

「ん?なに?」

髪を撫でる手を止めて、至近距離で向き合う。

「……祥彰くん、大好き」

一瞬キョトンとした顔をした後、パッとほころんだ。

「〜〜〜!もう、本当に可愛い!僕だけの舞実ちゃん!大好き!」

そう言って私を少しだけ乱暴に、それでいて優しく抱きしめてくれる彼と、この先もずっと一緒にいれたら。

ソファになだれ込む私たち。遠くからミックが不思議そうな目で見ていた。

4/23に包丁で指を切って縫合した話

表題通り。中々ない経験なので備忘録として残しておきたいと思う。

17:38くらい。事の発端はキャベツを切るところから。何枚か剥いで千切りにしようと思い、芯に近い部分に切れ込みを入れたら思いの外力が入ってしまい、サクッと左の人差し第二関節あたりを切った。

あ、やばいと思って流水で消毒して吸水性のあるキッチンペーパーで直接圧迫止血法を試みる。まずは5分頑張って止血しよう、とスマホでタイマーをセットする。

止血しながらもネットで『包丁で指を切った』と調べてみると、あるサイトには「30分ほどで止血する」、別のサイトには「5分止血しても止まらなければ病院に行ってください」と記載されている。

また、「傷口が1cm以上なら縫わなければいけない」という文言も見て、いよいよやばいかもしれないと思った。

かつて#7119 にダイヤルすると、その後の処置の方法であったり、病院へ行くべきか、または救急車を呼ぶべきか、専門の人に教えてもらえると聞いたことがあったのでかけてみるけど、繋がらない。

なので市の窓口に聞いてみると「そのダイヤルは今はなくなった。この電話でもそういったことは答えられない。」と後者に関しては頼んでもないのにふてぶてしく突っぱねられたのでキレそうになった。お前、電話応対の基礎叩き込んだろか。

とりあえず病院を紹介してもらい、検索をかけてみると、口コミ評価☆1.4と酷評されている整形外科だった。

仕方ないので電話で、症状と診てもらうべきか否か聞くと、偉そうな受付の女性がハッと鼻で笑いながら「まぁ血が止まらないなら来た方がいいですけどねぇ」と言ってきたので本日二度目のブチギレ案件だった。

もう一つ、近くに市民病院があるのでそこにも電話で聞いてみると、時間外で当直が内科医しかいないと何故か半ギレされたので、どいつもこいつもロクな電話対応できんのかと三度目の怒りが爆発しそうになった。

口コミ☆1.4の整形外科か、内科医しかいない市民病院かなら前者しかない。

げんなりしながら、タクシー会社に電話をした。そしたらタクシーのおじさんすごく優しかったの…とても有り難かった。

無事、整形外科に着き、ふてぶてしい受付の女性2人に睨まれながら問診票を書いた。5分ほど待つと名前を呼ばれて処置室に向かった。

すると、優しそうな男の先生2人と優しそうな女の看護師さん3名がそこには待ち構えていた。

まずは傷口を診て、ガーゼで押さえて、コートが汚れるといけないからと脱がせてもらった。

斜めに1cm切り込みが入っているが、傷口に蓋をするための皮膚が残ってるから縫った方が早くて綺麗に治せるから縫いましょうとのことだった。

(蓋をする皮膚が取れてしまってる場合は止血して皮膚が再生するのを待つしかないらしい。ひぇぇ)

隣の処置台に仰向けになり、看護師さんや先生が忙しなく動き回るのを半ば他人事のように眺めていた。

傷口を押さえてくださっていた先生が「何かで切っちゃったの?」と聞いてくださったので「えぇ、よく切れる包丁でサックリと」と返した。

麻酔を手のひらの人差し指の付け根あたりに二箇所打った。「痛いけど頑張ってください」と言われた。こういう時私はもう死ぬほど痛いことが1時間くらい続くくらいの意気込みをするので、大体我慢できる。実際痛かったけど、10数秒×
2回の我慢くらいはできた。

しばらくすると麻酔がきいて、ポカポカ暖かいような、ジンジン痺れるような不思議な感覚だった。長時間正座した時の感覚にも近かった。

いよいよ縫合。針が刺さって縫っている感覚が伝わってくる。正直、ちょっとだけ痛かった。

「痛いですか?我慢できますか?」と聞かれたので、「痛いですけど、耐えるので大丈夫です」と答えたら先生がちょっと笑っていた。

結果、4針縫った。消毒液や血などを綺麗に拭いてもらい、ガーゼと包帯で大袈裟なくらいグルグル巻きにされて処置は完了した。


帰宅後、いても経ってもいられず父親に電話で屡述した。父親は「え〜大丈夫かいな…ほんま気つけてや〜」といった様子で心配していた。

まさか、アジフライの付け合わせのキャベツを切るために4針縫うことになるとは思わなかった。

本来は18時からの #クイズノックと学ぼう で鶴崎くん山本さんと一緒に勉強してるはずだった。

勉強が終わったときに魚を揚げるだけの状態にしておこう、と用意してる途中に自傷してしまったので、塩胡椒したアジが寂しそうにキッチンで開かれていた。

途中まで作っていたので、頑張って作り上げたご飯がこちら。


文字通り、命がけで作った。最後の晩餐にならなくてよかったと心から思う。以後、包丁の取り扱いには気を付けようと肝に銘じた。

また、私も仕事で電話対応をするけど、改めてその難しさと重要性を感じた。声だけで伝えるのは気持ちだけでなくテクニックも必要。今回の嫌な経験を今後の自身の対応力向上に活かすことで消化したいと思う。

最後に、仕事とはいえ丁寧に対応してくださったタクシーの運転手さん、先生、看護師さん達への感謝を忘れないことと。人を以って鑑とする。

完敗宣言


伊沢さんと福良さんと私、という不思議なメンバーで飲みにきた。伊沢さんが張り切って、美味しい居酒屋の個室を予約してくれたので、福良さんと一緒に向かった。

お店に通されて座ってる待ってると、待ち合わせ時間の10分後くらいに伊沢さんがやってきたので、私はいつもの感じで軽くヤジを飛ばした。


「CEO遅いよ〜!」

「悪い!急いで来たから俺だけめっちゃ汗かいてるわ」

「まぁまぁ、ちゃんと汗拭かないと風邪ひくよ」

私はそう言ってハンカチを差し出した。

「いや、横にいる福良さんが『絶対に受け取るな』って目をして見てるから遠慮しとくわ、ありがとう」

「え?そうなん?」

「俺なんも言ってないのに〜」

「おー怖え」

ヤジもそこそこに、私たちは飲み物や料理を注文して乾杯をした。


「てかさ、なんでいきなり誘ってくれたん?」

「そう、それ俺も気になってて、さっきも喋ってたんだよね」

「それはなぁ…」

伊沢さんは豪快に生ビールをグイッと飲んで勿体ぶる。

「二人が本当に付き合ってるのか聞きたくて」

「「え?」」

「あんまり職場でもベタベタしないじゃん?むしろドライというか。一緒に帰ったりしてるわけでもなさそうだし。」

「いや、まぁ仕事中だからそれは当たり前じゃない?」

「そもそも職場でベタベタされたら鬱陶しいやろ?絶対」

「いや!一理あるけど、むしろ俺らは二人がデレデレしてる所ちょっと見てみたいとさえ思ってるよ!」

「『俺ら』じゃなくて、伊沢だけでしょ。勝手に主語でかくしないの」

「いやいやいや、こうちゃんとか山本とかも言ってた!」

伊沢さんは大きな声で満面の笑みで訴えかけてくる。

「じゃあさ、お互いの好きなところまず教えてよ。具体的なエピソード付きで。はい、じゃあまず福良さんから。」

「え〜…なんだろう」

「ほらほら、いっぱいあるだろ?全部いってみ?」

福良さんはいつもの温厚な笑みを浮かべながら腕を組んだ。

「う〜ん…なんとなく『チャーミング』なところかなぁ。」

「おぉ!いい言葉が聞けましたねぇ!具体的には?」

「なんかねぇ、『やだ〜!お風呂入りたくない〜!』ってグダグダしてたのに、いざお風呂でさっぱりしたらご機嫌になってるところとか(笑)」

「待って、何がチャーミングなんそれ!?」

「あ〜俺なんとなく福良さんの言いたいことわかるかも」

「おい、CEOニヤニヤすんな」

「あとあれだね、買ってきたお土産我慢できずに食べちゃうところとか(笑)」

「ちょっと!なに!?暴露大会やめて!?」

「こないだもそうじゃん、『お土産あるから早く帰ってきて〜』ってLINEの30分後くらいに『あんまり美味しくなかったぁ…』って連絡きてて、いや、食べたの!?みたいな」

伊沢さんと福良さんの笑い声が響く。

私は思わぬ形で自分の少し恥ずかしいところを暴露されて腑に落ちないので、黙り込んでどうやって復讐するか考えていた。

「舞実って見た目しっかりしてそうだけど、意外とボケボケだったりするよね」

「なんで私はナチュラルにdisられてるの?」

非常に楽しそうなCEOと我が恋人を見ていると不思議と嫌な気分にはならないけど、やられっぱなしは性に合わない。

「そんなん言うたら福良さんだって!」

「お!反撃に出たな!」

「なに言われるんだろ〜怖い〜!」

「………なんやろな。」

「なんもねぇのかよ!」

私にだけ見せる可愛い一面はたくさんあるけど、なんだか私一人独占したい気持ちになってきて。

「まぁね。だってさ、あんまり他の男の人と親密にすると後で拗ねるんやもん(笑)」

「えっ!?福良さん、マジか!」

「ちょっと〜それは言わないでよ〜」

「ねぇ、例えばどんな時?教えて教えて!」

CEOは身体を乗り出して聞いてくる。

「例えばさぁ…」


ーーーーーー


朝、彼は新聞を読みながら、私は身支度をしながら雑談をしていた。メイクはあらかた終えたところで、ふと川上さんの"ポニーテールツイート"を思い出した。


「ねぇ、昨日川上さんが『ポニーテール好き』ってツイートしてたやん?」

「あぁ、あったね」

彼は新聞に集中してるので、視線をこちらに向けてはくれなくて、ちょっとムッとした私はあえてポニーテールにしてみた。

「ねぇ、どう?」

私は新聞の上から彼の顔を覗き込んだら今度は目がバッチリ合った。

「可愛いでしょ?」

「……可愛い、のは認める。けど、ポニーテールはダメ。」

「なんで?」

「……川上がいいって言ったからポニーテールするの?」

「もしかして妬いてんの?」

「うん」


新聞を畳んだ彼はすくりと立ち上がってこちらに向き合った。素直に妬いてることを認めるところが本当に愛しい。

身長差が10cmほどある彼は至近距離で見下ろしてきた。


「とにかくダメ。めちゃくちゃ可愛いけど、今日はダメ。今日じゃなくなって、半年後でもできるでしょ。」


そう言っていつもよりほんの少しだけ強引にキスをされた。夢中になっていると知らぬ間に後ろのゴムが解かれていた。


「あ〜折角結んだのにぃ」


私のボヤキなんてまるで聞こえないかのように素知らぬ顔でまた座って新聞を読み出した。



ーーーーーー


「ほぉ〜、福良さんにもちゃんとそんな一面があるんだな」

「……ねぇ、なんの公開処刑なの?」

「私はただ、あの日ポニーテールできなかった恨みを晴らしただけ」


なにかにつけて暴露する私と項垂れる福良さん、そしてそれを見て笑う伊沢さん。そんな楽しい時間はあっという間に過ぎていった。


「いや〜楽しかった!二人がちゃんと付き合ってるってこともわかって安心した!」

そんなもんわかったところでどうするんだ?とは内心思いながらも、断ったのに多めに支払ってくれた太っ腹なCEOに感謝の意を伝えて私たちは別れた。

帰宅後、彼は倒れ込むようにソファに寝転がって、

「はぁ〜もう本当恥ずかしかった」

とモジモジし出した。その姿があまりに可愛くて、静かに無音カメラで撮影したのはここだけの話だ。

「ふふふ、ごめんね♡」

「そんな可愛く言って許されると思ってるの?」

「うん」

「……本当にあなたという人は…お仕置きだ〜!!」

「きゃははは!やめてやめて、こしょばい〜!!!」

彼は軽くくすぐったあと、ギュッと後ろから抱き締めてきた。

「でもどんなことしてもやっぱり許しちゃうよ、好きだから」

耳元で想いをストレートに打ち明けられ、胸が高鳴った。

「ねぇ、私酔ってるんかな?すごいドキドキする」

彼はニコリと笑って言った。

「奇遇だね、僕もだよ」

あぁ、駄目だな。彼には敵わない。
私は諦めて彼に全てを委ねたのだった。


(完)

Lovin'You

料理が好きだ。自分の好きなものを好きなように作って食べれるのが楽しいし、節約と健康にもなる。だから普段から自炊をして、職場にも基本的にお弁当を持っていっている。

すると、悪気なく私の心を凍らせる『女子力が高い』という呪いの言葉をよく言われる。

その場では毎回笑って濁すけど、少しずつ小さな違和感が蓄積していき、私の心を蝕んでゆく。


そんなある金曜日の夜、急遽拓朗くんがうちに来ることになった。一旦家に帰ってシャワーを浴びてからまた来るらしい。

ここ最近は多忙を極めていた彼なので、なにか美味しいものを作ってあげようと冷蔵庫を開けてみたけど、残念ながら週末にまとめ買いをした食材はほとんど残っていなかった。

今から近所のスーパーまで行って買ってくるか?いや、そもそも何を作るか全く考えてない。

一人でワタワタしているとインターホンが鳴る音がして、絶望しながらオートロックを解除して玄関まで迎えに行った。

ドアを開けると、いつも通りの優しい顔で彼が立っていた。

「ただいま」

「〜〜おかえり!」

愛しい人の『ただいま』にいても経ってもいられず、思いっきり抱きつくと少し後ろによろけながらも片手で優しく頭を撫でてくれる。

もう片方の手をよく見ると、彼は普段あまり見慣れないトートバッグを下げていた。


「これ、親戚から送られてきた野菜。美桜、いるかなと思って持ってきた。」

「え、本当!?実はね…」


私は少し興奮気味に先程までの小さな葛藤をリビングに向かいながら説明すると、彼は「そんな気遣ってくれて嬉しい」と私の頬に優しくキスをしてくれた。


「じゃあさ、なんか作ろう。一緒に」

「え!?そんな、疲れてるとこ悪いよ…」

「そんなん美桜だって今日仕事やったやろ?疲れてるのはお互い様やん」


当たり前にそんなことを言える彼に思わず目頭が熱くなる。


「…カレーにする」

「最高。ちょっと手洗ってくる」


それから二人で単身用の狭いキッチンで肩を並べて晩ご飯の支度をした。

途中、玉ねぎを炒めてると彼が「それちょっと貰っていい?」と少しお箸で掬ったと思ったら、鍋にコンソメと水を入れて、いとも簡単にオニオンスープを作ってしまったのでビックリした。


そういえばこの人には『女子力高い』と言われたことがないことに気付き、二人向き合ってカレーとスープを完食した後、思い切って聞いてみた。


「拓朗くんはさ、私のこと『女子力が高い』と思う?」

彼はキョトンとした顔で「あんまそういうの考えたことないけど…なんで?」とあっけらかんと言った。

「なんかね、料理やお菓子作りをしたり、お弁当を持参したりすると、悪気なく『女子力が高い』って言われるんだけど、それに凄く違和感を抱いてて…」

拓朗くんは何も言わずにジッとこちらを見ている。

「なんで生きるために必要な食事をしてるだけなのに『女子力』って言われなきゃいけないんだろって思うとモヤモヤしちゃって…そもそも『女子力』という言葉が好きじゃないというか…」

自分でも何を言ってるのかわからなくなって俯くと、拓朗くんは「美桜、こっちおいで」と自分の隣をポンポンと示してみせた。

言われるがままに隣に向かうと、優しくギュッと抱き締められ、拓朗くんの香りに目を細める。何も言わずに包み込んでくれる優しさにずっと甘えていたい気持ちになる。


「…美桜」

「はい」

「…ずっと、美桜のままでいて」

「…??」

「そんな美桜が大好きやから」


口下手な彼の想いが伝わってきて、嫌な気持ちで蝕まれていた私の心が一瞬にして暖かい気持ちでいっぱいになる。


「私も、なんだか泣けちゃうくらい拓朗くんが好きだよ」

「…あんま可愛いこと言わんといて、我慢できんくなるから」

「えっ、我慢って…」

「いろいろと。」

そして気付けば組み敷かれるような体勢になっていた。まっすぐこちらを見下ろす拓朗くんの表情が、心なしかいつもより余裕がないように感じられてドキッとする。

拓朗くんの顔が近付いてきたので目を閉じて待ってると、おでこに軽く口付けをされたあと、身体がフッと軽くなった。

拍子抜けして目を開くと、彼は私達が食べた食器をそそくさと片付け出した。


「カレー食べた後はさっさと洗わんと後で後悔するから」

「あ、拓朗くん、私もやるよ」

「いいよ、美桜はお風呂入っておいで」

「でも…」

「いいの。ほら、いってらっしゃい」

そう言って彼は私の頬に優しくキスを落とした。

「そんな風にされたら誰も逆らえっこないよ…」

私は文句を言いながらもシャワーを浴びた。スキンケアをして戻ると、キッチンは水滴1つなく片付けられていて、彼の几帳面さに思わず笑みがこぼれた。

ソファに腰掛けスマホを触っていた彼に近付く。

「拓朗くん、お風呂あがったよ」

「おかえり」

「ねぇ、おかえりのギューは?」

フッと笑顔になったと思うと、また優しく抱き締めてくれた。いつもまるで赤子を抱くようなハグに彼の人となりが見えて、改めて好きだと実感する。

「髪、乾かさんと湯冷めするで」

「もう少しこのまま」

「だめ。おいで。」

彼は胡座をかいて、手招きした。彼は何故かドライヤーとブラシを持って準備万端だ。

「乾かしてくれるの?」

「うん。やってみたかった。熱かったら言って」


そう言って、優しく私の髪を乾かしてくれた。あまりに柔らかいその手つきにウトウトしそうになるのを必死で我慢した。

10分後、私の髪は綺麗にブローされてサラサラになった。

「初めてやけど、結構うまくできた」

「いや、天才?また私、可愛くなっちゃったな…」

「ふふふ、なんかほんまに…」

はぁ〜と大きな溜息をついたのち、後ろから抱き締められた。

「あの、続きが気になるんですが…」

「……察して。」

そう言って首元にキスをする彼。

「……いい?」

それが何の合図なのか、どういう意味なのか、ちゃんとわかっている。私は何も言わずに頷いた。



(BGM:Lovin' You by Minnie Riperton)


柔らかな日の光と鳥のさえずりで目が覚めた。眼前にはスヤスヤと寝息を立てる拓朗くんの姿が。

そっか、私、拓朗くんと……昨晩のことを思い出して顔が燃えるように熱くなったので、水でも飲もうと身体を起こすと、後ろから腰に手を回されて驚いた。


「どこいくん…?」

「起きてたの?」

「今起きた…もうちょっと」

彼に抱き寄せられて、再びベッドに吸い込まれてしまった。彼の胸元に潜り込むと、嬉しそうにまた眠りについてしまった。

綺麗な金色の髪を撫でながら、そういえば昨日はちょっとした心でブルーな気持ちになっていたことを思い出した。

腑に落ちないこともたくさんあるけど、この人は絶対大丈夫。そう思うと安心感から私は微睡んだのであった。

ポニーテール

BGM:恋愛サーキュレーション

私が密かに恋焦がれる彼が昨晩「ポニーテールが好き」という旨のツイートをしているのを見た。

以前なにかの番組で「男性は動くものに惹かれる」なんて話を聞いた気がする。ポニーテールや揺れるピアスがその典型だそう。

馬鹿げているのはわかっている。でも私は毛先を軽く巻いたあと、ポニーテールにして、ロングピアスをして職場に向かった。

歩くたびに髪やピアスが揺れるのを感じ、浮かれてる自分に自嘲しながらも足取りは軽い。

オフィスにはいつも私が一番乗り。そしていつもその次に川上さんが来る。10分足らずだけど、朝の二人きりの時間が毎日の仕事のモチベーション。

いつも彼はブラックコーヒーを飲みながら仕事をする。私は給湯室で、自分の紅茶を入れるついでに彼の分のコーヒーも用意した。


「……来た。」

オフィスの扉が開く音がした。川上さんだ。彼がデスクで上着を脱いでるのを後ろから声掛けた。

「おはようございます」

「あぁ、おは…よう」

優しい顔で振り返った彼は、私を見て一瞬驚いた顔をしたけど、すぐに普段どおりになった。

「これ、どうぞ」

「あ、いつもありがとう。気遣わんくていいのに…」

「ついでなので」

なんでもない素振りを見せながらも、川上さんが髪型について触れてくれないかななんて期待して、でも核心に触れられる心の準備はまだできてなくて、手指が緊張で少し震える。


「そういえば」


静寂を破るように彼が声を発したので、ドキドキしながら目を向けると、PCに目を向けたまま「昨日提出してくれた資料のことだけど」と仕事の話になった。

期待が外れて悲しいような、ホッとするような、そんな複雑な心境。気持ちを仕事に切り替えて、話を真剣に聞いた。


時刻は13時。世間のランチタイムが終わる頃を見計らっていつも休憩を取るようにしている私は、みんなに一声かけて外に出た。

川上さん、結局髪型について何も触れてこないかったな。気付いてないのかな?

そんなことを考えながらパソコンと向き合っていた身体をグッと伸ばすように両手を広げていると、

「お疲れ」

「わっ」

今まさに考えていた人の声がして思わず大きな声を出したしまった。

「そんな驚かんでも…」

「ごめんなさい、すっかり気を抜いていました」

クスクス笑いながら並んで歩いてると、突然彼が立ち止まってこちらを見た。

その瞬間に柔らかな風がふわっと吹いて、風になびく金色の髪があまりに綺麗で、吸い込まれるように見つめてしまった。


「あの、……髪型、」


少し気まずそうに目を逸らしながらそう言われて、私は少し遅れて彼の言わんとしてることを理解した。


「あ、はい…ポニーテール、にしてみました…」


もしかして朝からずっと気付いていたのかな?そう思うと尚更恥ずかしくなって、どんどん語尾と視線が下がっていく。

でも全然返事がないから顔を上げると、彼が口元を覆いながら一言。


「…似合ってる、と思います…」


あぁ、なんて愛しいのだろう。胸の奥がギュッとなりながらも、

「なんで川上さんまで敬語なんですか?」

と少し揶揄うと、

「うるさい」

と耳を赤くしたまま、颯爽と歩き出してしまった。

あの反応は、私が昨日のツイートを見てポニーテールにしたのに、気付いてるってことだよね?

嬉し恥ずかしい気持ちを抑えきれず、彼を追いかけるように小走りでオフィスまで戻ると、午前中はいなかった伊沢さんの姿が。


「お疲れ!ってあれ?今日は髪の毛結んでるんだな?もしかして昨日の川上のツイート??(笑)」

ヘラヘラと笑いながら核心をついてきたので、私は顔に熱が集まるのを感じ俯いた。


ゴツっ

「いって〜須貝さん!何すんだよー!」

「うん、池上さん、すげー似合ってるよ!伊沢、ちょっと」

須貝さんは伊沢さんの首根っこを掴んでどこか別室に行ってしまった。彼の優しさを噛みしめながら、デスクに戻りTwitterを開いた。

川上さんのアカウントをもう一度覗いてみると、自身のポニーテールに関するツイートに引用RTで「二次元の話です」と追記してるのに気付いた。


……え?私、二次元の話を真に受けていたの?

そう思うと羞恥心で爆発しそうになったので、トイレでポニーテールを解いて、いつも通り下ろしてしまった。


時刻は18時。定時になったので、みんな帰り支度をし始めた。


「池上さん、大丈夫?帰れる?」

「あ、福良さん。明日から有給なので、きりのいいところまで終わらせて帰ります。もうあと30分ほどなので。」

「そっか。無理しないでね。そういえば、髪、似合ってたのに解いちゃったんだね。」

「あ、えと…普段結ばないから頭痛くなっちゃって…」

私は咄嗟にそれらしい言葉を並べると、福良さんはにっこり笑って帰って行った。

もしかしたら察しのいい人なので、全てお見通しなのかもしれない。でも何も言わない優しさに救われながら、残った仕事を超ピッチで片付けた。


「…はぁ〜終わったぁ…」

椅子の背もたれに身体を預けて、思いっきり伸びをした。定時からなんだかんだで1時間ほど経った今、優秀な皆様はほとんど帰路についている様子だ。

「お疲れ」

「わぁ!」

また後ろから声をかけられて、椅子からずっこけそうになった。

「今日だけで何回驚くん」

「すみません、仕事が終わって気を抜いていました…」

ただでさえ声をかけられるとドキドキするのに、不意に話しかけられると口から心臓が飛び出そうになるのだ。

川上さんはジッと私の目を見た。そして、徐ろに私の頭に手を置いて、髪を撫でた。

「川…上さん……?」

「……可愛かったのに、残念」

「え?それって…どういう…?」

彼は頭を撫でる手をパッと離して、自分のデスクに戻っていってしまった。

はぐらかされた。そう思うといてもたってもいられず、立ち上がって声をかけた。

「二次元の話じゃないんですか!?」

川上さんは私の大きな声にビックリした様子でこちらを振り向いてくれた。

あぁ、ダメだ、恥ずかしさと怖さで倒れそう。

「…昨日ツイートしたのはそういう経緯やけど、でも」

川上さんはまたこちらに歩み寄ってきた。

「…好きな子が、僕の好みに寄せようとしてるの見たら、そんなん、どんな髪型でも可愛く見えるもんやろ。」

「えっ…」

「もう帰るで。」

「ま、待ってください!私も、一緒に帰ります!」

私がバタバタと帰り支度をする様子を壁にもたれかかりながら彼は眺めて、そして笑った。

「そんなに急がんでも待ってるから。」

わざとらしくない優しい微笑みに胸が熱くなる。

彼が私に向かって手を差し伸べた。緊張と興奮で小刻みに揺れる私の指先をギュッと掴むと、そのまま彼に抱き締められた。


「川上さん、これは…」

「ごめん、口下手で。」

「あの…私、ずっと川上さんのこと」

「知ってる。」

ダメだ、心臓の音が伝わってしまう。

身体がゆっくり離れて、そして向かい合う。鼻と鼻がくっつくほどの距離になった。

「言わせてくださいよ…」

「…わかった」

「私、ずっと、川上さんのことが…」

その先を言い終わる頃には私たちの唇は触れ合っていた。


「…美桜……って、呼んでもいい?」

「勿論です…」

「好き…」







まさかポニーテール1つでこんなことになるなんて。

ぼんやりとしながら二人手を繋ぎ歩いていると、「美桜?」と彼が覗き込んできた。


「わ!ビックリした!」

「やから、今日何回目なん?(笑)」

目を細めて優しく頭を撫でてくれる彼を見て、今までの関係から進展した幸せを噛み締める。

「俺の下の名前、知ってる?」

「いや、当たり前ですよ!」

「じゃあ呼んでみて」

まるで仔犬のような顔で要求する川上さん。

「…拓朗、さん」

「さん付けじゃなくていいのに」

「……拓朗くんですか?」

「敬語も禁止やで。」

「手厳しい〜!」

まさか両想いだったなんて。夢じゃないのかな。
ポニーテールでここまで一喜一憂するのも、あまりの幸せに目眩がしそうになるのも、胸があたたかくなるのも、全部拓郎くんのおかげ。


「…拓朗くん、ありがとう」

「こちらこそ、ありがとう」

私たちは繋いだ手をギュッと握った。



〜翌朝〜

「川上くん、おはよう」

電車のホームを降りて改札に向かって歩いてるところを舞実さんに話しかけられた。

「おはようございます」

「あれ?川上くんってこの路線ユーザーじゃないよな?」

「……まぁ、はい」

「あ〜!今日美桜ちゃん有給やったよな〜確か!」

「………そうなんですか」

「あ、見て!これ美桜ちゃんが貸してくれた本!面白かった!」

「…それはよかったですね」

「あ〜、美桜ちゃんのいいひんオフィスは寂しいな〜」

「…何が言いたいんですか?」

「んふふ、またじっくり聞かせて♡」



(続くかもしれない)

休日の朝のいちごジャム

BGM:Strawberry Jam/大塚愛


日曜の朝は、何にも変え難い彼と私の至福の時間。

休みの日でも大体7:30頃には目が覚める私とは対照的に、彼は日頃の疲れもあってかまだ隣でスヤスヤ寝てる。

その寝顔をしばし眺めた後、私は彼を起こさないよう静かに起き上がった。

少し家から遠くにあるお気に入りのパン屋さんの食パンを厚めに切り、バターをのせてオーブントースターにいれ、先週の日曜日に作っておいた苺ジャムを冷蔵庫から出してテーブルの上に置いた。

彼は顔に似合わず甘党で、私が作るスイーツが大好き。最近は苺がスーパーに並び出したのでジャムにしてみたら、めっぽう気に入ってしまい、先日コストコで大量の苺を買っては、満面の笑みを浮かべて帰ってきた。

今日はずっと見たいって言ってた映画を見に行く日。10時からの上映だけど、気付けばもう8時を回ってる。昨晩「俺は明日6時に起きる!!」って豪語してたのは一体誰だろう?

彼を起こそうとベッドまで戻ると、両手を万歳して赤ん坊みたいに眠る姿が目に入った。

「拓司ー、映画行くんでしょー?遅刻するよー朝ご飯食べよー?」

そう声をかけつつも、彼の長い睫毛やキュッと紡がれた唇が幼子のようで可愛いから、まだもう少しこの寝顔を見てたいなぁなんて内心思っていた。

拓氏はモゾモゾと動き出したと思ったら薄目を開けながら「ん」とだけ言って両手を広げてきた。

これはつまりは「おいで」の合図。私は逆らうことなくその合図に従って彼の腕に飛び込んだ。

温かい拓司の腕と柔らかい香りに包まれる幸せに浸ってると、彼は私の頬に数回優しく口付けた。

その行為が本当に私を愛しく思ってるようで嬉しくて、拓司の顔を覗き込んでみると、彼はまだ寝ぼけ眼でスヤスヤと寝息を立ててしまい、それがまた愛おしさを掻き立てた。

こんなに可愛い彼をずっと見てられるなら、お出掛けしなくてもいいかななんてぼんやり思ってると、お湯が沸く音が聞こえて、急いでキッチンへ向かった。

私達のお気に入りのコーヒー豆をミルにかけて攪拌し、ゆっくりとお湯を注ぐとポコポコと独特な音と豊かな香りが部屋中に広がる。

トーストとコーヒーを机に置いたけど彼が起きてくる気配はない。もしかして、まだ寝てるの?

またもやベッドに向かうと今度は胎児のように丸まった体勢であっちを向いて寝ていた。

もしかして…寝てるフリ?私を脅かすつもり?

そう勘ぐりながらベッドまで行って彼の身体を揺すると、悪戯な笑みを浮かべた彼と目が合って、わかってたくせにやっぱり驚いてしまった。

その様子をケラケラと笑う拓司を恨めしい目で見てると、

「おはよう、今日も可愛い。」

なんて言って私のおでこに口付けるもんだから、すっかり嬉しくなって、さっきまで怒っていたことなんて忘れてしまった。

「コーヒーもトーストも用意したよ!」

「本当だーめっちゃ良い匂いする…ありがとうな」

些細なことでも絶対に感謝の気持ちを忘れず言葉にしてくれる拓司。一緒に過ごす時間が長くなったとしても、その気持ちは私も持ち続けたいと思う。

「「いただきます」」

他愛もない話をしながら2人向かい合って朝食をとる。

「あ〜やっぱり手作りイチゴジャムうまい」

「本当?よかった」

「ねぇ、まだジャムある?今日またコストコ行かない?」

キラキラした目で彼は聞いてくる。コストコに行って苺を大量に買ってジャムを作ってもらおうという下心が丸見えだけど、それすらも愛しく思える私はおかしいのだろうか。

「イチゴジャムはあと一瓶あるよ。でも次はオレンジマーマレードを作ってみようも思うんだけど…どうしよっかな?」

「え!なにそれ!食べたい!」

「じゃあ今日は映画行ったあとコストコでオレンジ大量に買って帰ろっか」

「うん!やったー!」

そう無邪気に笑ったと思いきや、数分後には新聞を広げて時事について真剣に情報収集する真面目な顔を見せた。

どれだけ一緒にいる時間が長くなっても、日に日に彼のことが好きになるし、いつだって、彼と一緒にいたら嬉しさが増えていく。

「ねぇ、拓司」

「ん?」

新聞から顔を出して優しく聞き返してくれる私の愛しい伊沢拓司。ずっと、寝ぼけたまま私にキスするような貴方でいてね。そう言いたいのを敢えてグッと堪えて「なんでもない」と答えた。

外は明るい陽気がさしている。何があっても、日曜の朝は何にも変え難い彼と私の至福の時間。

(完)


この話の中の一番の願望は実は「休みの日でも大体7:30頃には目が覚める」のところだったりする。

前日に寝落ちして夜中の4時に化粧だけ落として、起きたら13時で休み半分終わってて、見たかった映画も結局行けない人生。