人が外国語を話すのを聞くのが好き


仕事上外国語を話す機会が多い。その度、外国語を話すのは楽しいけどあんまり得意じゃないと感じる。
厳密に言うと、スペイン語イタリア語は結構得意だけど、英語が苦手だ。

スペイン語イタリア語は母音が私たち日本人にとってとても明瞭で、とても親しみやすい。
それに対して英語は、こう、ぬぁーーーっとしてて、さらーーーっとしてて、本当に「外国語!」って感じがする。だから英語が上手な人、もっと言うと、内容云々ではなく、発音が上手な人はかっこいい。

空港で働いていると中国人観光客が言わずもがな多い。 モンゴル人スタッフが中国人の対応になるとまるで声色が変わってしまうのだけれども、そのギャップがとても印象的で好きだ。

私のOJTの先輩(可愛い)は韓国語が得意で、よくヘルプを求められている。韓国語での相槌は「デー」と言うらしく(?)、凄く愛らしくて優しい先輩(可愛い)が「デー、デー、デー」って言ってる姿はまたなんとも素敵で。

さっきまで日本語でにこやかに私と話していた人が、突然外国語のスイッチが入ってペラペラと知らない言葉を話しているのを聞くと、不思議な気持ちになる。

言葉ってなんだろう、コミュニケーションってなんだろう、私は本当に言葉を理解しているのだろうか、理解していると錯覚しているだけなんじゃないか。

そんな思いを馳せながら宇宙を飛んでいると「それでね」って先輩(可愛い)がニコニコしながら話しかけてきて目がさめる。

人が外国語を話すのを聞くのが好きだ。
誰も知らないこの世の神秘に触れた気分になる。

また


またつまらないことをしてしまった。また自分にとって何も有益じゃないものを敢えて自分から覗き込んでしまった。

ネットでは、好きなことを好きなように語れるのがいいことだと思うし、同時に好きじゃないことに対して語ってもいいのではないかとも思う。「好きな人もいるのに…」という言葉は大事だと思うけれど、そこに重きを置いてしまうと身動きが取れなくなってしまう。嫌なら見るな。この一言に尽きる。私は嫌われようと煙たがれようと、自分の好きなように生きて後悔なく過ごしたい。

ネットが好きでやってるのにネットでストレスを感じるの、相当毒されてる感じする。恋人や友人と一緒で、距離が近過ぎると関係が悪化するみたいやから、少し距離を置いてみるのもアリかな。

ひたむきな四年間

3月11日の土曜日に、四年通った大学を卒業した。直感で何気なく決めた専攻をこんなに好きになれたのは、間違いなく素晴らしい先生方のお陰だと思う。本当にスペイン語が好きな人たちにその真髄を教わり、気付けば私もその魅力に取り憑かれたように勉強をしていた。確かに面倒なことも多かったとは思うが、勉強を楽しいと思ったのはこれが初めてだった。恋人からの電話を待っている間に、四年間をざっと振り返ってみる。

まず一回生。事前のクラス分けテストで大きな失態。下の上クラスに入れられた。25人のクラスで、まともそうだったのは1人だけ。あとは全員頭が悪かった。そのまともな子とは、特に仲良くはならなかったけど、お互い最後まで好印象だった。その馬鹿なクラスにスペイン語初級文法をスパルタで教えてくれた若いM先生。とてもチャーミングな人だった。演習の授業を持ってらっしゃったY先生はかなり毒舌で癖が強かったが、言ってることは正論中の正論だったので私はとても好きだった。

私は通学時間が人より長かったため、それを勉強時間にあてていた。電車で暇なのが本当に嫌いなので、やることがあるのは嬉しかったし、そのおかげで言葉がわかるようになるのが楽しかった。

言語習得において非常に重要な要素を自力で導き出すことができたのも、最初の一年があってこそだったと思う。いい友達には巡り会えなかったけど、掛け替えのない分岐点になった。


次に二回生。一回生の時のような気の抜けた雰囲気のクラスは勘弁だったので、試験を受けて特進クラスに。振り分けられたクラスは上から二番目で、意識は高くないが頭のいい子が多く、居心地がよかった。桃と月に出会ったのも、そこだった。今までの学生生活で一番楽しくていいクラスだったように思う。

人生で二人目の、そして初めて心から好きな恋人ができたのも二回生だった。私が二回生に進級する前の春に、彼が某大学校を卒業し江田島へ行く前に出会った。その時の彼と同じ年になった今、少しは大人になれただろうか。今でも春の匂いがすると彼のことを思い出す。彼の意識の中にも時折私が顔を見せることがあるといいな。あの人に恋い焦がれ、悩み、苦しみ、得たものは少なかったようでとても多かった。

三回生になった時には既に、あの人との間に物理的にも心理的にも大きな距離が生まれていて、その寂しさを打ち消すためにも必死に勉強し、働き、遊んだ。あの人がいなくても私は充実してるんだ、と言い聞かせるために必死だったが、躍起になればなるほど空回りしてるようでとても辛かった。

スペインに行ってからその恋は一方的に終わりを告げられ、行き先を失った私の心は非常に厄介な人の元に落ち着いてしまった。その人に会うと聞こえる胸の鼓動を恋だと勘違いし、その人に触れられるとゾワッとする感覚を感じているのだと決めつけた。ひどく傷付け、傷付いた、忘れたいけど忘れられない過去。

スペインでの生活はそれなりに楽しかったけど、どことなく虚しいものでもあった。だからこそその寂しさや虚しさを埋めようと、向こうでも真面目に勉強したのだと思う。もっと遊べばよかった、もっと何かを解放すればよかった、と後悔もあるが、当時の私にはあれが限界だったのだと半ば諦める気持ちもある。

やはりやや後悔が残る分、もう一度留学したい、今度こそはうまくやりたい、という気持ちがある。この気持ちとの向き合い方はこれからゆっくり考えていこうと思う。

四回生、厳密には帰国後から今までは、珍しく自分のことで色々と思い悩み、うまく行かなくて沈むことがあった。主な原因は就職についてだった。仲のいい人は知っていると思うが、私には非常に根深いCAコンプレックスがあり、協力その種から離れようとしたが、最終的に彼女たちととても距離の近い職種に就くことになってしまった。

八月に何気なく始めたアルバイトでは今までにない苦悩を味わった。でも今の彼に出会えた喜びを思うと、そんなことはどうでもよかった。

頭の悪い人たちにネチネチと虐められたが、今の彼と出会ってから自己肯定が強くなったおかげで「同じ土俵に上がれないブスたちが何か言ってる」くらいに留めることができた。本当に彼のおかげで生きるのが楽になった。

こういうことを言うと「貴女は今のままでも充分美しくて魅力的よ」とどこからか聞こえてくる気がするが、私はもっと美しくて魅力的な人になりたい。目鼻立ち云々ではなく、内から輝く女性になりたい。老けて皺が増えても、顔つきが素敵な人になりたい。

大学の4年間をとりとめもなく振り返ってみたが、総じて言えることは、「何があっても、今の自分が幸せなら全て良い思い出に美化される」ということ。だからこそ、今の自分の幸せを追求して生きていこうと思った。

新生活が始まり、精神的にも体力的も経済的にも苦しい日々が続くことが予想されるが、「清く、正しく、美しく」をモットーに、日々を丁寧に生きていけたらと心から思う。

鼻歌まじりに参りませう。

ハッピーメリークリスマス

 

 

中山美穂の「遠い街のどこかで」を聴きながら恋人の家に向かっている。「ハッピーメリークリスマス」と歌う切なくも優しい曲。

去年はスペインにいたし、クリスマスシーズンは友人とプラハ・ウィーン・ロンドンを旅行していた。大好きだった人に別れを告げられたのも、スペインに行ってからだった。

振られてからの立ち直りが早かった(ように思えた)のは、当時の彼との思い出を全て日本に置き去りにしてきたからであって、日本に帰ってきたら私の生活にあらゆる所に彼の息がかかっていて、それがどうしようもなく苦しかった。

先日部屋の掃除をした時、彼から貰った帽子を見つけた。某護衛艦の隊員が被るものだった。これは彼と彼の同期が某大学校時代に貰ったものだそう。かなりレアもので、それを私にくれたことが嬉しくて大切にしていた。

その彼の同期とその彼女と4人でよく遊んでいた。二年前のクリスマスはディズニーシーにも行って、本当に本当に幸せだと思った。寂しい時はその彼女とLINEでやり取りをして、足りないものを補い合った。

いつしか、彼女は恋人とうまく行ってるのに私はほったらかしにされてることが辛くて、自然と距離ができてしまった。

ほとんど連絡を取らなくなって、約1年。2人の幸せそうな挙式の様子をFacebookで見た。心から羨ましいと思った。どうして私はこうならなかったのだろう、とただただ悲しくなった。過去に戻って人生をやり直したいと強く思うあまり、再びあの人と幸せに暮らす夢を見て、起きた時に現実を受け入れられなくなった。

そんな時恋人から電話が来た。「声が聞きたくて」って、毎日飽きもせず電話してるのに。馬鹿じゃないの。昔の男を思い出して泣いてる私なんかを好きになって。

今の彼と出会って恋をして、やっとその帽子を供養できる、と思った。ただそれだけだけど、大きく前進できたと自分を褒めたい。

 

分かり合えない感情の狭間で

先日、初めて恋人と仲違いをした。理由はくだらないことだった。私が怒って恋人に対して殴る蹴るなどの暴行をすると、彼は喧嘩ばかりしていた血気盛んな青年時代を思い出し楽しくなってしまったらしく、嬉しそうにしていた。それがまた余計に腹が立った。

 

彼はこれまでの家庭環境からか、人間関係に対してある程度な諦めを持ってるみたいだった。私がぷんすか怒る様を見て、「今日は会っていても仕方ない」と感じたらしく、なんと私がトイレで吐いている間に颯爽と帰ってしまったのだ。

 

「私は、もしかすると、とんでもない人と恋に落ちてしまったのかもしれない。」ただ漠然とそう思いながら一人帰る道で、まだ真昼間だと言うのに、人目も憚らずわんわん泣いた。

 

彼から電話が掛かってきた。話がしたい、とのことだった。話がしたいなら何故、帰ったのか。

 

彼の人生では、いつも突然世界が一変するのだ。幼少期での実母の死、離縁、両親の離婚や再婚、幾度の転校、家からの追放。私はなんとなくしか聞いていないため、詳しい事情はわからないし、聞いたところで理解はできないと思う。ただ、これらの出来事は、彼の人生ではごく普通に起こり得る、取るに足らないものであり、そして、私の人生では一度も起こらないであろう事柄である、ということ。

 

彼は突き付けられる運命を受け入れるしかなかった。だから、人との別れに対して非常に淡白な面があった。そこは私には理解できなかった。育ってきた環境が違うからすれ違いは否めない、と歌う歌手もいる。私はその歌の続きを知らない。

 

何に対して腹が立ったのか、どう感じたのか、次からはどうすればいいのか、など電話で話している内に、大好きな彼の優しい声色に癒され、不快な気持ちがなくなっている自分に気付いた。

 

 

「それで、体調はどうなんよ。味の濃いもの食べてしんどいんでしょ。」

 

 

無意識に彼を労わる言葉を掛けていた。悔しいけれど、やっぱり愛してるから彼のことが心配になるし、幸せでいて欲しいと思う。そして、その幸せの理由になりたいとも思う。

 

 

分かり合えない感情の狭間で、どうしようもない虚しさに飲み込まれそうになった。ただ、冷静になって考えてみれば、分かり合えないことの何が悪いと言うんだろう。

 

 答えは出ていない。それでいいと思う。ただ、徒然なるままに綴っただけ。